1994年(H6)に67歳で還浄した妻の句を紹介します。
花藻・雲母に掲載した400句以上の句と
その間受賞したトロフィーや賞状の一部紹介です。
垣見幸菊句集
花藻一月号
  一粒の米にも命冬めきぬ 五二
 みどり児の涙は大粒冬立ちぬ 〃
 能を舞う足の運びも冬めきて 〃
 黄昏れて谷が織りなす紅葉かな 五四
  乳臭き赤子を抱きて雁の月  〃
 鮮明に冬の足音近ずけり 〃
 群れなして飛ぶ雁見送る背なに風 〃
 ひかめに低く咲く菊陽をあつめ     〃
    し些細な言葉受けにけり       六二
  遠吠えや月の真下を川流れ           〃
草の花ひっしに生きること見たり  〃
  父の忌の佗しさ越えた今朝の秋    〃
一握り米を愛しむ冬隣      〃
  肩荷おり枯葉夕べの風に泣く       六三
  曼陀羅に曵く雲細し冬野かな       〃
  ひたひたと風に影ゆれ山眠る       〃 
  一山に梵鐘沈ませ風冴えり         〃
  秒針に静けさこもる冬銀河         〃
  アルバムが語る冬薔薇ある記憶     六四
  目覚めては増える手のしわ冬満たし 〃
  嘘の顔洗い流して蜜柑むく         〃
  白々と視野の広がる冬景色      〃
  夕ざれて枯葉散りゆく我が姿     〃


花藻二月号
  冬の京塔堂爛漫茜炎ゆ 五三
 さわりなき母の容体冬の雨 〃
 山時両膝寄せ会えり老姉妹 〃
 ことごとに愚かに老ゆる年の暮れ  〃
 極月や人形のエプロン洗い干す 五四
 冬の陽に薔薇のさやかに彩おごる 〃
 泣く女の涙無垢なりつわの花
 一事が悔いをひきずる冬烏
 蜜柑食む里の恋しさ知る齢     六二
 枯葉掃くここにも生きるものの影 〃
 立つ風に未練が残る枯葎 〃
 熱の舌含みて円し玉子酒 〃
 なすがまま波にまかせり鴨の群 〃
 初鏡心の隅まで写しけり 六三
 冬ざれや業を重ねし髪をすく 〃
 行き所なく戻り来る寒雀 〃
 目に一杯墨絵のごとく山眠る 〃
 冬薔薇やもろもろの些事川に捨て 〃
 冬日和一花生死の影保つ 元年
 母在りし日の薔薇匂う冬畑 〃
 冬入陽湖一面を飾りけり 〃
 見上げれば一片の雪生きている 〃
 吊し柿食べれば遠き味戻り   〃



花藻三月号
 子はすでに独楽まわす影春迎ふ 五三
 胸に来る言葉あたため冬深し 〃
 何気なき仕草にほろり冬茜 〃
 待つことも母の生きがい冬深む 〃
 小春日に暮れる樹の肌温み持つ 五四
 冬の川手を切るように風渡る 〃
 部屋仕切る襖重たき冬の入り
 冬椿独り暮らしに聞く小鳥
 茶柱を飽きず見ており冬の雨
 初詣人の動きに流されて 六二
 初春や影がのびきる大樹かな 〃
 病みてより夫のまなざし年迎え 〃
 冬の空思い満たさず星も消ゆ 〃
 短日や鳥も羽ばたき灯が恋し 〃
 一言で愛が崩れり虎落笛 六三
 山襞の光る厳しさ冬伊吹 〃
 群れ離れ風に吸われる寒鴉 〃
 一刻は冬とは思えぬ陽をこぼし 〃
 夕光に身ほとり淡し山眠る 〃
 県境の田の面吹く風冴えにけり 元年
 冬日和ぎごちなき猫の影過ぎる 〃
 指で書く汀の砂が春を呼ぶ 〃
 一枚のハガキ愛しき春の夢 〃
 掌にすくう堂の水澄め笹鳴きて  〃


花藻四月号
  梅の香にしばらく惚けるしあわせよ 五三
 春泥に同じ事思い五十路坂 〃
 母の掌のしわふかみたり春の雷 〃
 爪に血がにじむ侘しさ春浅し 〃
 一輪の梅にも生命陽が支え 五四
 うるむ目に熱気おびたり春時雨
 湖添いの大樹の中にも春気配
 待つ事に馴れて老女の朧かな
 雫だつ木樹の光に芹匂う
 山峡に添う一村を獅子が舞う 六二
 陽を留め枝の先より梅開く 〃
 春なればすこし濃くなる口の紅 〃
 群鳥を春の一日が抱きけり 〃
 山深く谷深くしてさえずりぬ 〃
 蛤に心行くまで舌まろぶ 元年
 陽がこぼる屋波果なく山笑う 〃
 経終えて風の中より鶲鳴く 〃
 堂裏の人目につかぬ落ち椿 〃
 居眠りて一瞬惚ける暖かさ 〃

花藻五月号
 幸福は天にぬき出る冬伊吹 五三 
 追いかけて来る淋しさや春時雨 〃
 老いはじむ我が目に美し蝶のかげ 〃
 帰る雁迅る羽ばたき夕茜 〃
 かなたより鳶が鳶追い春耕す 五四
 沈丁に昏れなずむ径湖の径
 さえずれば緑がはゆる森の道
 菊根分けして気になる電話思いつつ
 乳児の目物言ひたげに土筆見る
 春吹雪玻璃戸の広さ視野愛し 六二
 春夕陽波織り返すほどの風 〃
 山深し谷深くしてさずりぬ 〃
 茎立ちて生きる姿を胸に留め 〃
 葉牡丹の光り渦巻き過去つなぎ 〃
 猫柳水を潜れば影ゆらぐ 元年
 呆然と眺む庭樹と春の雪 〃

 束の間の風が連れ去る春の雪 〃
 手のしわに歳月辿る春の雪 〃
 淡墨の空まで疎し雲雀鳴く   〃

花藻六月号
 捨て場なき今の淋しさ樹々芽吹く 五三
 下萌えて眉描きなれた旅役者 〃
 磯の荷が着く夕影の花拳 〃
 空想で絵本読む孫風光る 〃
 晩春や印象付ける峡の星 〃
 能面に男がきらめく春を舞う 五四
 胸に棲む母の言い草竹の秋
 春蚊とび生あるものは泣き笑い
 てのひらに蝿の子歩く日永かな
 目の前に明るい噂春深し
 足萎えて甘える心山笑う
 春灯や言葉の端を濁らせて 六二
 瑞々し湖に広がる春の雲 〃
 手加減に帯締め上げて春祭 〃
 花一日耳を離れぬ雨の音 〃
 思いごと空へ散蒔き花見酒 〃
 紅梅や風が風呼ぶ筧かな 六三
 山波に一郷つながる松の花 〃
 寄りそいて川風よぎる番蝶 〃
 尾燈切れ静けさ深む春の月 〃
 縫い上げる針の重さや春時雨 〃


 目にうるむ彩の愛しさ今朝の花 元年
 花日和二鳴き鴉谷深め 〃
 花爛漫平和な風を抱きけり 〃
 一刻は母の影みゆ花の影 〃
 水に映ゆ花に真向い己が影 〃

花藻七月号
 夕蛙夢のつづきを見る幼女 五三
 信じきる母の笑顔に薔薇の花 〃
 透かし砂の脆く崩れて夏浅し 〃
 糸を切る軽き歯ごたえ蝶の影 〃
 垢抜けた老女の着こなし初蛍
  雨蛙何かせかるる夕餉どき 五四
  思いあぐ影がほぐれる遠蛙
  降りやみて夜は蛙の底知れず
  眠る児は降る夕立のあらあらし 
 一言が心動かし新茶呑む 六二
 舞い上がる鳩の影にも夏覚え 〃
 時鳥そよ風運ぶ耳ゆたか 〃
 青時雨ものの居心地見る思い 〃
 聞き分けの出来ぬ山鳥青嵐 〃
 聞き耳に雨となる風紅つつじ 六三
 葉桜や一夜を降りし川堤 〃
 天守閣四方を支えて春深し 〃
 蛙鳴く陽影が残る壁の彩 〃
 縫物に肩を凝らせし目借時 〃
 父の忌や思い出深む白つつじ 元年
 些事に追われ八十八夜過ぎし朝 〃
 青嵐過疎一村にとどりまれり 〃
 鳴きしきる夜更けの蛙泡たてり 〃
 蜩や一通の手紙匂わせり 〃

花藻八月号
 菖蒲湯に母の背丸く流しあう 五三
 母にあう日は童女にかえる柿の花 〃
 母在れば身ほとり温し椎の花 〃
 夏の帯解きてしばらく風を入れ 〃
  山清水ただ静けさに松老いて 五四
 鮮明に蛙鳴きだし夜に入る
 手触りに湿り覚えたり梅雨の服
 雲の峰崩されそうな湖の風
 病棟の窓をはなれぬ稲光
 美しく老いて悔いなし花菖蒲 五五
 悩みすぎ目にも涼しき水中花 〃
 蛍とぶ不意の電話に目を離す 〃
 五月雨や手垢のついた鍬二つ 〃
 かたくなに動かぬでで虫山翳り 〃
 ばら崩れ独りの真昼ふりかえる 五六
 紫陽花や虫の争い葉裏にて 〃
 花火果て華麗なる孤独抱きしめる 〃
 髪洗い心がほぐれゆく軽さ 〃
 一人の背伸びする影川くねり 〃
 蟻の列真昼の月に影を曵く 六二
 夕焼けて湖にゆらげり火の手玉 〃
 夏汀爪より堅し貝の殻 〃
 鳥の巣に身を返り向ける蛇の影 〃
 滴りて一瞬ゆらぐ池の魚 〃
 迷い事風にまかせて梅雨の窓 六三
 湯上がりて窓一面に鳴く蛙 〃
 夕蛙一針残す肩の凝り 〃
 夏風邪や軽く五分粥今日長し 〃
 摩崖仏樹々を軋めて青嵐 〃
 顔ぬぐいさやかな風に夏覚え 元年
 犬逝けり小さな朝夏兆す 〃
 摩崖仏青葉若葉の風集め 〃
 夕蛙一瞬佗し足ひかれ 〃
 病む足に陽中の青芝満たされて 〃

花藻九月号
 伊吹山裏側の風も青田風 五三
 金魚売りその一声が母を恋う 〃
 鳴き烏真夏の太陽動かざる 〃
 遠雷や爪切り終わるもみじの手 〃
  鮮やかな寿司の切り口夏祭 五四
 喘くかに宙吊りの虫夕焼ける
 晩夏光そよぎ明るき湖岸の樹
 滝落ちて何処まで深き碧さかな
 繕える針はかどらず昼の蝉
 大岩に波打ち上げて夕焼ける 六二
 日めくりて母の忌近ずく青簾 〃
 七夕や遠き日手繰る母忍び 〃
 一瀑の滝は友達伐採す 〃
 雨蛙県境つなぐ山鈍る 〃
 強かな雨降る日中夏あざみ 六三
 森閑と風なき広野夏の色 〃
 一言が明るさ戻す金魚鉢 〃
 母逝きて目尻の潤む盆の月 〃
 流れ来て遠のく浮き葉秋を待つ 〃
 事もなく今宵落ち着く夏の風邪 元年
 短夜や山波ほのと紅を曵く 〃
 明日あると思えば抱く虹の彩 〃
 呆然と蟻を追いつめ崖とぎれ 〃
 夕蛙鳴き始めてより食すすむ 〃



花藻一〇月号
 夕づきて手折りためらう百合の花 五三
 半眼に開く仏像秋立ちぬ 〃
 掃き寄せる芥にまじる蝉のから 〃
 合歓咲いて深き青空雲の文字 〃
 母の背も流す事なく秋立ちて 六6
 夏深し光に透ける湖の雲 〃
 汗流す骨の随まで湯がしみる 〃
 蝉しぐれの真っ只中の大樹かな 〃
 蚊を打って一瞬とまどう手の重さ 〃
 明日ありて今日を生き抜く樹々の蝉 六三
 ひぐらしやまだ明けきれぬ視野抱く 〃
 ころぎの鳴き始めてより庭広し 〃
 波頭轟渡る雲の峰 〃
 一枚の写真に触れて夏逝けり 〃
 花簿抱き寄せるごと風が吹く 元年
 法師蝉風吹く窓辺わが孤独 〃
 ひぐらしや故郷抜けきれず歳拾う 〃
 夏深し残る足跡砂愛し 〃
 疲れ寝を鳥に起こされ今朝の秋 〃



花藻一一月号
 竹の春音たてていて川明かり 五三
 蔓珠沙華母がきている昼下がり 〃
 紅芙蓉淡々と語る老女の顔 〃
 小康得て笑顔が戻る秋桜 〃
 掌合わせば浄土が見ゆる盆の月 六一
 蝉の殻土に埋めて罪軽し 〃
 書院の灯消えてこおろぎ昴ぶれり 〃
 かなかなや通す針目の糸狂い 〃
 夕風に雁竿歪みつつ薄れ 〃
 病めばなお心の隙間今朝の秋 六二
 偲ばるる母の手料理秋の声 〃
 月満ちて驕るほどなき波頭 〃
 遠吠や雲の流れに月淡し 〃
 夕ざりてころぎ沈む雨の風 〃
 花野来てどんょり包む雨の雲 六三
 法師蝉身近に遊び来る別れ 〃
  法師蝉風がともなう田の匂い 〃
 心馳せ雁を見送る病む女 〃
 昼の月納屋の匂いに障子貼る 〃
 蝉は友独り居の窓解放す 元年
 ひぐらしに夕餉の匂いからまれり 〃
 秋澄みて点となる鳥見送れり 〃
 薄原風にくねりて戯れり 〃
 風呂上がり玻璃戸の月に引き込まれ 〃

花藻一二月号
 群鳥は湖より翔ちて葦の花 五三
 鵙鳴いて谷間の空を赤るくす 〃
 しみじみと双掌の小じわ夜の秋 〃
 人を待つ帯が引き立つ今朝の秋 〃
 秋風に誘われ病軽くなり 六一
 遠景にひかれて秋の夕陽浴ぶ 〃
 こおろぎに心救われ夜のリズム 〃
 こおろぎに寂寥深める水の音 〃
 味噌汁に間引き菜匂い朝がくる 〃
 一輪の菊に納まる軸の文字 六二
 行きずりの大樹の風に秋を知る 〃
 見栄張らず生活重ねる石蕗の花 〃
 冷まじやガラスの雫みえぬ朝 〃
 初霜や久々の手紙読み返す 〃
 名月や雲明るさ目が潤む 六三
 天涯の孤独味合う雁の空 〃
 嘘重ね言葉の重き秋の暮れ 〃
 目覚めては増える手のしわ身に秘め 〃
 崖の花語り尽くせぬ秋深し 〃
 
雲母一月
 干拓の風はなれゆく冬の湖      五三年
 短日の山を背にして水靜か        五五年
 潮風になじむ旬日牡蛎割女        五六年
 水切りの菊の匂いに指透ける      五七年
 もずの声遠くおよばず山の雲      五八年
雲母二月
 かすかなる葉音逃がさず冬の月 四七年
 音もなく地に沁む雨や冬椿 〃
 冬晴れの空しんしんと冷ゆ山路 四八年
 散尽くす銀杏大樹に小鳥来し      〃
 虎落笛あとのしずけさ山茜 四九年
 山裾の村薄陽さす 冬景色         〃
 冬夕焼けまっすぐ畝がならびおり 五一年
 水くぐりくぐりて鴨のひもすがら 五二年
 不器用に生きて陽射しの黄水仙 〃
 大根干すきめこまやかな姉妹      〃
 母となり母は身近につわの花      五三年
 冬枯れやことに日暮れの雨の音    五五年
 冬の鳶日暮れ迎える山の雲        五六年
 どの家も川沿いにあり十二月     五七年
雲母三月
 一鍬の土のかがやき冬萠えて   四七年
 谺だけ戻りて峡の冬深し 〃
 早梅や母ある事のあたたかさ 四八年
 刻ばかり過ぎて波音冬の旅        〃
 蕪洗ふ川の向こうの寺の屋根 四九年
 寒菊に風強まりて昏れゆけり      〃
 雪兆す風に伽藍の立ち向かう      五〇年
 手慣れたる菜切り包丁寒雀        五一年
 病院出て車とぎれぬ冬の橋 五二年
 薬のむ事も欠かさず雪しまき 五三年
 靄立ちてさざめき渡る冬の川     五四年
 凍むる日の道からからと人の声   五五年
 雪しまき故郷の道遠くする        五六年
 極月の樹木ゆさぶる風の音       五七年
雲母四月
 春雪のまぶしき径が湖に続く   四六年
 紅梅や頑くなに生き一人の歩 〃
 息を継ぐかに紅梅は夕陽の中 四七年
 梅二月掃き清めゆく僧の影 四八年
 如月や滝壷水を盛り返す          〃
 春寒し十姉妹飼ふ姉妹 四九年
 春灯下こまごまと書く紹介状 〃
 白梅や肩の力を抜く夕 五〇年
 梅林や入日に影のはやまりて      五一年
 カフスボタン選ぶ店先春の昼 五二年
 谷の風吸いてうぐいす鳴くみ空 五三年
 ただ風と潮満ちている春岬       五六年
 目の前に来ている春の日和かな   五七年
雲母五月
 春の雲車窓野山も疾走す 四六年
 春の雁山の茜の中に消ゆ 〃
 春昼や薬匂わせ院を出る 四七年
 湧く雲に何処までつづく春の海    四八年
 鳴き歩く猫に朧夜寺眠る          四九年
 長距離の貨車が着く町夕おぼろ    五〇年
 春暁や先ずやかんに湯を沸かし    五一年
 春の田の水とろろと月夜にて 五二年
 壁土の乾かぬ一間春の雨  〃
 蒼天に沼のしずけさ雲雀の声 53年
 児の微熱おぼつかなしや春時雨 〃
 連翹の風うすれゆく鳩の声       五四年
 伊吹嶺もいそぎてゆるむ春の川    五五年
 格子戸から猫が出てゆく梅月夜   五六年
 真青に空きはまりて山笑う        五七年
雲母六月
 手に触れるほど近く見ゆ春の湖    四六年
 芽柳に風おおらかな大伊吹 四七年
 料理屋の窓開け放す夕おぼろ 四八年
 上がり簗男盛りの眉太し 〃
 春霖や僧に施す湯葉の汁          四九年
 ことごとに口あく蜆一夜の縁      五〇年
 春深しシャツ干してある学生寮    五一年
 沖からくる波のうねりに花曇 五二年
 連翹に日の移りたる一周忌    五三年
 花冷や目尻やはらに笑む阿弥陀    五六年
雲母七月 

 尼に似し色やさしき藤の花 四六年
 夕焼けをとどめて澄める菖蒲池 〃
 水鶏なく夕べ明るき湖面          四七年
 湯上がりに清しきまでに雷わたる  四八年
 透きとほる紙で鶴折り菜種つゆ     五〇年
 牡丹咲く夕映やがて月明り        五一年
 向日葵や沈む夕陽は玉となり   五二年
 菜の花や母の呼ぶ声夕ざるる 五三年
 陽の中を雨うすれゆく著莪の花 五四年
 夏の日の雲の流れに川翳る 五五年
 囀に四方かこまれて田水張る      五七年
雲母八月
 夕風が吹いて野山の大夕焼 四六年
 初蝉や入日が山を明るくす 〃
 万緑やしとど雨降るドライブイン 四七年
 現世の静けさ告げる青葉木莵 〃
 女の手一途に植田広がれり        四八年
 藁小屋の匂ひそこから夏に入る 五〇年
 雷の最中に寺が大鼓打ち          〃
 湖いつも母なる広さ杜若          五一年
 水中花女のやさしさよみがえる    五二年
 峡間田に暮色流れる柿の花 五四年
 夕焼けや波はうねりて色を吐き 〃
 河鹿鳴く川ひたひたと菜を洗う    五七年

雲母九月
 紫陽花や故郷は川の水豊か    四六年
 夕凪に雲低くたれ山の位置        四七年
 ドアの向ふ朝が始まる夏の町      四八年
 終車過ぎ闇の静けさ夜鷹なく 四九年
 夕雲に茜差す頃蝉ほそり 五〇年
 割箸に水飴をまき夏祭り 〃
 西日差す仏間の上の菩薩面 〃
 夕日沈む湖のくらがり通し鴨      五一年
 祭すぎ鎌研ぎへらす草刈女        五二年 
 川添の径何処までも夏の月        五三年
 鮮やかな鰭の切口夏の月          五四年
 手花火の香りの中にいて月の色 五六年
 湯上がりて大樹に昇る月涼し 〃
 万緑や茜に染まる湖一つ          五七年
雲母一〇月
 夜澀ぎに月の光がもどり来る      四六年
 炎昼や湖に向く墓の位置          四七年
 秋の野のとぎれ単線山遠し        四八年
 秋めくやことに日暮れは蝉細る    四九年
 蝉しぐれ真只中の草刈女          五〇年
 秋近しホース伸ばしてプール洗う 五一年
 遠浅に鳥渡りゆく島夕焼          五二年
 秋近し風速き日の山の音 五三年
 半眼に開く仏像秋立ちぬ  〃
 透きとおる声風にのり秋の月  五四年
 梅干して月満ちている大樹かな   五五年
 淋しさを風が連れ去る茄子畑 〃
 指切って樹々しずかなり初秋の山 〃
 合歓の花うすむらさきの空に閉じ 五六年
 郭公の二声三声靄の山            五七年
雲母一一月
 人妻の薄く紅に引く萩の風       四六年
 桐一葉耳たてて聞く遠い風        四七年
 今落ちる夕日の中の野分かな 四八年
 そこここに虫隠れおり竹を切る 〃
 名月や厠出て来る母の咳 四九年
 男ごえしずけさ破る黍畑          五〇年
 閉じてなお芙蓉を包む夕明り 五一年
  水田に木の影おとす秋伊吹 五二年
 雁渡し野草入日に光る刻 五三年
 山寺からうすむらさきの野分かな 五四年
 曼陀羅の雲引き寄せる花野かな 五六年
 ころぎや指の先まで田の匂い 〃
 秋兆す遠き日向に寺の屋根        五七年
雲母一二月
 一息に薬呑み干す秋の夕       四六年
 入日濃く刈田で鎌を研ぐ女       四七年
 架線引く山田広がり秋桜 〃
 暮るるまで人影動く秋ひでり 〃
 晩秋や入日の中の樹々深む 四八年
 ひややかな風立つ朝の野菊かな 〃
 湖すでに冬の彩して雁渡し 四九年
 秋桜地を這ふ影はしなやかに      五〇年
 早鐘打つ音遠からず秋曇 五一年
 茸山に入りて世から離れたり 〃
 雁消えし山の向こうも月夜かな 五四年
 銀杏落ち山の高さに炎ゆ入日 〃
 湖風に崩れはじめる鰯雲 五五年
 ひややかな風に鍬打つ薄暮かな 〃
 堰を切る水音秋の声立てて        五六年
 山村の一樹の影にも秋の影 五七年
包帯の真白き匂い秋の雷          四七年
 遠鴉霧に包まる伊吹山 〃
 若き僧雑巾しぼる冬日和 四八年
 山茶花や幾日も降る雨の町 〃
 藁屑焼く十一月の牛舎の影 四九年
 豆腐屋の釣銭ぬれて冬日和 〃
 一つ村越え行く僧侶冬立ちぬ      五一年 
 滴れる蛇口見ていて冬鴉          五二年